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Geo-Heat Promotion Association of Japan

研究者インタビュー

岐阜大学 大谷准教授

岐阜大学大谷准教授 GeoHPAJ INTERVIEW Vol.1

地中熱に関して研究されている大学の先生方にインタビューさせていただくという企画の第一弾です。

今回は低温地熱資源である地中熱利用を日本で導入するために、 地質・地下水情報を用いて適地選定を行うための研究を進めている岐阜大学の大谷先生にインタビューをしました。

平成20年8月12日 岐阜大学大谷研究室にて
(聞き手:伊藤重和、奥村建夫)

 

早速ですが、現在先生が研究されている内容についてお話していただけないでしょうか?

2006年から2007年にかけて、地中熱利用に関して新堀先生(東北大)が中心となり、日本地熱学会誌に「地中熱利用ヒートポンプシステム」講座を連載しました。その連載の「まとめと今後の展望」※1において、以前より地中熱利用に携わってきた盛田さん(産業技術総合研究所)や落藤先生(北大)など多くの先生方が発表されたものを私がまとめさせていただきました。

現在では、2000年頃と比べて地中熱利用に対する認識という点ではかなり改善されていると思いますが、ここに書かれている課題※2に関しては基本的に現在も変わっていないように思います。ただし、例えば北大の支援ツール開発の取り組みなど、多くの方の努力で改善されているものもあります。

 

先生もこれらの課題に対して研究されているのでしょうか?

いくつかの課題がある中で私は「適地選定のための地質調査法の開発や原位置地層の温度分布や熱物性に関するデータの蓄積」に関して研究しています。

地中熱利用は原理的にはどこでも利用可能であり、多様なタイプがあります。例えば、海外では河川水や湖の水を利用しているものも地中熱利用として捉えている場合もあります。

使う建物がどういうところに位置しているのかが大切で、湖が近くにないのに湖の水を使いたいというのは無理な話ですよね。この延長上に話題を進めていくと、地下水の流れが地中熱利用に有効であれば、 その地下水の流れがどのように存在するのかが、大きな問題となってきます。

これをテーマとして濃尾平野を例として、取りまとめたものを日本地熱学会誌に「濃尾平野を例とした地下水流速の推定-その地中熱利用導入への適用-」※3として論文発表しています。

 

地下水の流れに着目しているということでしょうか?

その通りです。濃尾平野を例として地下水がどのように流れているのかを求めたものであり、具体的には簡易的な方法ではありますが動水勾配に着目したものです。

結果は、求められた地下水流速の分布を図として論文中に示しています。この中で、地下水流速6.3×10-7m/s以下では蓄熱され、1.0×10-6m/s以上であれば地下水の流れが速く、熱利用に有効と期待されます。つまり濃尾平野の南西部では地下水流動が緩慢で、季節間蓄熱が有望な地域であり、一方平野北東部と北西の扇状地地域の広い範囲で地下水流速が速く、地中熱利用で地下での熱交換がより効率的となります。

 

濃尾平野を対象に地中熱利用のポテンシャルを示しているわけですね。

そうですね。さらに地中熱利用のポテンシャルとしては、同じ日本地熱学会誌の論文に「濃尾平野の井戸情報からみた地下水利用型地中熱利用の導入可能性」※4というタイトルで論文発表しています。

岐阜では、地下水の利用が多く、既存の井戸データに基づいた検討を行いました。ここでは現在の揚水量と一般世帯数の分布から、地下水を水資源として利用する前に地下水利用型地中熱ヒートポンプシステム(GeoHP)で熱利用を行うと仮定した場合のポテンシャルマップを示しています。この結果、人口密度によりその割合が異なりますが、濃尾平野の岐阜県側は地下水利用型GeoHPの導入に対して大きなポテンシャルを有していることが分かってきました。

地中熱利用を考える場合に、大都市でどのように成功させるかという点も重要ではありますが、一方で大都市に限らず、適切な場所を選定すれば、浅い井戸で有効利用することも可能であり、そのような考え方も大切なことだと思います。

 

地下水利用のポテンシャルが高い地域であれば、より有効な利用が可能であるということですね。今回は岐阜市周辺の事例ですが、具体的にはどのような地域が地下水利用に有効なのでしょうか?

他地域について考えますと、粘土層があり地盤沈下の恐れがあるような地域は難しいと思います。砂礫層が主体で粘土層が少ない岐阜と同じような扇状地地域が良いことになり、大小平野部の縁辺部にどのような都市があるのかを見ることにより、有望な地域を選定することができるのではないでしょうか。

 

地下水利用を考えた場合、地下水涵養という問題も重要と思われますが、どのようにお考えですか。

涵養というのは、地下水利用型の地中熱利用では重要な技術です。日本地下水開発さんのように、融雪技術の関係で、以前から涵養について取り組んでおられるところもあります。

しかし、依然として技術的な困難さが付きまとっているのが現状だと思います。そういう意味では涵養の必要性を見極めることが大切ではないかと考えております。

例えば、岐阜市では最近地下水の利用が減少傾向にあるとともに、小規模の都市河川の水量が減少し、何らかの水源を確保したいという考えもあります。よって、揚水して熱利用した後の水を還元しないで、都市河川に放流するなどの二次利用をすることも考える必要があるのではないかと思います。

そう考えれば、地下水利用型の地中熱利用における技術的な問題を回避することができます。ただし、これは地域により事情は異なりますから、当然その地域にあったものを考えることが必要となります。

 

先生は現在、実際の建物で環境評価的な研究をされているとお聞きしておりますが、どのようなものでしょうか?

この研究は、岐阜大学の神谷先生が中心となって行っているものです。

岐阜市では地中熱利用に関して大きなポテンシャルがあるということは先ほど説明しましたが、実はもうすでに古くから使われてきているのです。

この研究は、岐阜市役所本庁舎の建物内の冷房で利用されているケースを対象としたものです。吸収式冷温水発生器を用いて、地下水を冷却水として使用しています。

 


その施設はいつ頃から使われているのですか?

1966年に導入されているシステムです。あくまでも推測ですが、当時は環境問題は認識されていなかったことから、環境メリットではなくコストメリットの面から導入されたのではないかと思います。しかし、今では岐阜市の地下水利用空調システムは減少の一途をたどっています。これは空冷式の性能向上にあると思います。

このような中で、地中熱利用が取り入れやすい岐阜で、地中熱利用をどれぐらい進めていけるのかが、今後の普及促進の鍵になるのではないかと考えております。

 


地中熱利用が有効な岐阜での実績が非常に大切となるわけですね?

そうなりますね。しかし、一方で地中熱利用の環境メリットをアピールしようとしても具体的なデータがこれまでありませんでしたので、それをきちんと測定して他の方式と比較するということが、この研究の狙いです。

なおこの研究は、環境省のクールシティ推進事業として、平成19年度に実施しました。

 


地中熱利用の普及には、そのメリットを強くアピールすることが必要ですし、先生の今の研究はそのためにも重要ですね。
話は前後するかもしれませんが、先生は以前、産業技術総合研究所(産総研)に在籍され、現在は岐阜大学で地中熱の研究をなされておられますが、どのようなきっかけだったのでしょうか?

私が産総研に入ったのが1994年です。そのときは地質調査所という名前でした。

当時は地熱といえば地熱発電で、地中熱利用に着目されていた方は非常に僅かでした。私自身も地中熱利用という存在すら知りませんでした。

地質調査所では地殻熱部という部署に配属され、当時は深部地熱資源調査のプロジェクトが立ち上がった時期であり、私はそれをバックアップする研究を行うことになりました。

それ以前には、深部の断層破砕帯における断層岩の研究をしていましたが、産総研の色々な方のアドバイスをいただき、花崗岩の中の熱水に満たされた空洞を、X線CTを使って三次元分布を調べ、さらに数値的処理により、どのような形態かを計算して求めていく研究を行いました。

 


そのような研究を行ってきて、地中熱の研究を始めることになったきっかけが何かあったのでしょうか?

はい、そうですね。いま説明した研究をほぼまとめた後に、1999年の1年間、当時の通産省本省に併任で勤務することになりました。

その当時は地熱の研究予算も厳しい状況にあり、今後何をしていかなければならないかを考えていく中で、地熱に係わる民間の方の意見を聞きながら、これまでに全国規模でいろんな研究がなされているということが分かってきました。

そういう状況の中で、もっと別の観点から地熱利用を拡大することができないかと考えていた時期に、2000年のWGC(世界地熱会議)が別府と盛岡で開かれました。

私は運良く、両会場での発表を聞くことができ、多くの地熱に関する情報を得ることができました。そのWGCでの発表内容のうち、地熱発電に関するものが半分で、残りの半分が低温の地熱利用に関するものだったのです。

 


そこで、地中熱に巡り会ったのですね。

その通りです。低温の地熱利用の中には地中熱利用や東ヨーロッパの温泉熱源に関するものが多く、そこで始めて地中熱利用について知りました。

それまでは、日本の研究者でもこの低温の地中熱利用に関して研究が少なかったのが現状だったのです。

そこで、これまであまり手のつけられていなかった低温の地熱利用に関して何とかできないかと考え、現在の研究につながっています。

 


そういう中で、岐阜大学にこられたのが、2003年の9月とお聞きしましたが?

私にとって産総研は、先ほどの話のように色々な方のサポートも得られ、居心地が良かったところです。一方でずっと以前から機会があれば別の世界でもやってみたい気持ちもあり、移る話を頂いたので岐阜大学にくる事になりました。

それまで濃尾平野をフィールドとしてやっていたことや、出身地が愛知県であり土地勘のあったことも岐阜大学に来るきっかけでした。

 


当時から、地下水利用を考えておられたのですか?

いいえ、その当時は地下水利用型をあまり念頭においていませんでした。

こちらのほうで色々な方のお話を聞いていくうちに、地下水利用型という形態も無視できなく、普及を考えていく上で、重要と考えるようになりました。

 


濃尾平野に関しては、こちらに来る前から研究されていたということですか?

はい、そうです。調べ始めていました。

何もわからない地域を対象として地下水のことを調べるのは大変なことですので、なるべくデータセットが揃っていて、その上積みとして地中熱のことを考えられる場所を選びたいと思っておりました。濃尾平野は、産総研の内田洋平さんが学生時代からフィールドとして調べていて、データセットとしてふんだんにあるという状況だったのです。

 


最後に、研究者の立場から、地中熱利用の促進に向けて、改めて今後の展望や産業界への期待などがございましたら、お聞かせ願えないでしょうか?

私が、要望してすぐに実現が可能かというと難しいとは思いますが、着実に導入が進んでいけるかという点が最も大切だと思います。

それは、他のシステムと競合した上で、顧客に地中熱を選んでいただけなければならない、そこが非常に重要なことです。

最近、地中熱利用も対象とした助成制度が用意されるようになってきましたが、地中熱利用が環境に優しいと認められていても、地中熱での申し込みがなかなか出てこない場合もあるようです。

こういう助成制度が十分に活用されることが重要だと思います。

今は、地中熱利用にとってチャンスを与えられている段階であり、このチャンスをもっと活用して、普及に向けて取り組んでいただきたいと思っております

 


企業としても今が正念場ということになりますね

そうですね、ただ掘削コストの問題は容易に解決するものではなく、掘削コストを下げたいという話は地熱発電の世界でもずっと前から言われていました。

そこには、海外と地層が異なることや市場や制度が異なるなどのいろいろな条件の違いがあり、その現状を認識した上で、普及を考えなければならないと思っておりますし、それが、地中熱利用の促進のためには非常に大切と思うようになってきました。

 


先生はこれからも現在の研究を展開していかれると考えてよろしいですか?

はい、私の基本的なスタンスは変わっていません。

導入場所さえ適切に選べれば、地中熱利用は非常に競争力のあるシステムであると思います。地中熱利用のいろいろな形態の中で、設置しようとする場所に応じて、いかに有効な方式を使っていくかが大変重要であると思います。

 


適切な場所で最適な方法で、実績を積み重ねていくことが大切だということですね。

本日は大変貴重なお話を聞かせていただき誠にありがとうございました。

※1 日本地熱学会誌 第29巻 第1号(2007) 39~41頁
※2 課題として、まずハード面として、1.我が国の地質と地層にあった掘削法の開発および孔井掘削機の低減、2.高性能な地中熱交換器および高効率ヒートポンプの開発、3.直接蒸発/凝縮型地中熱交換機とヒートポンプの開発、ソフト面として、4. 適地選定のための地質調査法の開発や原位置地層の温度分布や熱物性に関するデータの蓄積、5.システム設計法、評価法、環境アセスメント手法などの設計支援ツールの確率、をあげている。
※3 日本地熱学会誌 第29巻 第4号(2007) 203~210頁
※4 日本地熱学会誌 第30巻 第2号(2008) 121~129頁